東京高等裁判所 平成10年(う)808号 判決
被告人 桑原一郎
〔抄 録〕
所論は、原判決がおとり捜査が違法でないとした点について、被告人は、いったん本件取引を断ったのに、報酬を受けることを期待して警察官と意思を通じていた大村から執ように取引の継続を求められたために本件当日けん銃等を持って横浜に行くことになったもので、当日の被告人の意思は警察によって誘発されたものであり、その後、警察官は、現実の取引がなされるとの外形を作出するため、取引の具体的な場所、日時を指示し、ホテルの予約をして、被告人のけん銃所持の意思を誘発若しくは強化し、そうでなくとも警察官が犯罪創造に関与しているのであるから、本件捜査はおとり捜査として違法であり、被告人については免訴又は公訴棄却若しくは無罪の判決がなされるべきであると主張している。
しかしながら、原審証人谷川清美及び同大村洋三の各証言並びに被告人の捜査段階における供述調書その他関係証拠によれば、被告人は、知人からけん銃の密売先を探すように依頼されて以降、謝礼を得たいがためにけん銃取引の機会を積極的に求めていたものであり、本件当日のけん銃取引に関しても、けん銃二〇丁の用意ができたので、当日午前二時に被告人から大村に電話してその日の午後に横浜で取引する旨の話をまとめたことが認められる。被告人は原審及び当審公判廷において、本件の二日前である五月一九日に被告人から大村に対しけん銃の取引を断ったにもかかわらず、大村から執ように要求されて取引をするようになったものであると供述するが、断ったという電話の状況などに関する供述に変遷があり、断った動機や理由も不合理で納得できない。被告人の右公判供述は、これに反する大村の証言及び被告人の捜査段階における供述に照らしても信用できない。そして、関係証拠を精査しても、所論のいうように本件捜査が被告人の犯意を誘発ないし強化したものと認められないことはもとより、警察官が犯罪の創造に関与したものともいえない。本件捜査は、警察が、大村から捜査への協力方を取りつけ、取引の具体的な場所と時刻の設定に関与し、ホテルの部屋代を負担し、大村に五〇万円の謝礼を支払っている点で、いわゆるおとり捜査の一種ではあるが、それが行われた前記認定の経過と態様に照らすと、捜査方法として許容される限度を超えているとは解されない。
(佐藤文哉 小出[金享]一 波床昌則)